8月24日 勉強会
今回の勉強会は、フェミニズムをテーマにした国内外の展覧会の経緯を振り帰りました。
2017年6月23日に東京藝術大学 上野キャンパス 住友研究室(国際芸術創造研究科アートプロデュース専攻)にて、元・栃木県立美術館学芸課長、近現代美術史・美術批評家の小勝禮子先生をゲスト講師に迎えた特別講義が開催されました。「『アジアをつなぐ──境界を生きる女たち 1984-2012』展の総括と反響、その後」をテーマに展覧会の意義や反響等についてお話しがあったそうです。
小勝先生の特別講義の事例を参考に、我々もフェミニズムに関する展覧会の歴史を振り返ることで、研究の経緯を把握することにしました。
◆参考展覧会
・「 デ・ジェンダリズム~回帰する身体」世田谷美術館(1997年2月8日(土)-3月23日(日))
・「奔る女たち 女性画家の戦前・戦後1930-1950年代展」栃木県立美術館(2001年10月21日(日)-12月9日(日))
・「前衛の女性1950-1975」栃木県立美術館(2005年7月24日(日)-9月11日(日))
・「アジアをつなぐー境界を生きる女たち 1984-2012」栃木県立美術館(2013年1月26日(土)-3月24日(日))
以下、発表担当熊谷
テーマ:日本のフェミニズム関連展主要な3つを比較
- 『揺れる女/揺らぐイメージ フェミニズムの誕生から現代まで』栃木県立美術館 1997年7月20日-9月28日、キュレーター:小勝禮子、(以下、揺れる女展)
- 『デ・ジェンダリズム 回帰する身体』世田谷美術館、淡交社1997年、キュレーター:長谷川祐子 (以下、デ・ジェンダリズム展)
- 『アジアをつなぐー境界を生きる女たち 1984-2012』福岡アジア美術館9月1日-10月21日、沖縄県立博物館・美術館11月27日-1月6日、栃木県立美術館1月26日-3月24日、2013年キュレーター:小勝禮子 (以下、アジアをつなぐ展)
▼揺れる女展
この展覧会は、美術史における女性の表象について、ヌードや読書画などを通して分析し紹介している。美術史におけるフェミニズムの研究の変遷をある程度概観することができるものです。
- 鈴木杜幾子「ヌードの語るもの-19世紀女性裸体像についての一考察」p11-17
この論考では、西洋美術史における重要な描かれた身体やジェンダー表現についての論文を紹介し、美術史におけるフェミニズムの研究を紹介しています。
まず、流れとしては、主要な身体の表象について分析した書籍を紹介しています。ケネス・クラーク『ザ・ヌード』を紹介し、「ヌードは脱がされたもの、西洋美術理想化された身体」であるということを明らかにしています。
続いて、ジョン・バージャー『イメージ』を取り上げ、「はだかは本来の自分、ヌードはある人の裸が、他人の視線に対して差し出されるときに成立」することを示しました。つまり、ヌードは客体になった身体であり、主体である他者の期待に装用に形作られていると指摘しています。
次に、ヌードとはそもそもどういったものだったのかを理解するために、男性のヌードについて説明をしています。実は、西洋美術史では、男性ヌードがもともと規範として機能していました。そこから女性ヌードが生まれているのです。「男性ヌードが能動的規範、女性ヌードは受動的規範として機能」してきたのです。まず、理想化された男性身体、例えばダ・ヴィンチが描くようなものがありました。そして、そこから派生したものが女性ヌードなので、基本的に男性ヌードは女性ヌードより重要なものでした。そして、この考え方は19世紀以前まで支配的なものだったのです。19世紀なかばになって、やっとフランスでこうした考え方は転機を迎えます。新古典主義のダビッドまではこれまでと同様、男性ヌードを理想としていました。その後、ロマン派のアングルやドラクロワの搭乗で変化します。彼らは観賞用の女性ヌードを描くようになったのです。
このように、女性のヌードが描かれるようにはなりましたが、一方で女性は創造する主体とは考えられず、想像行為から女性は排除されていました。
あくまでも、描く男と描かれる女(ヌード)といった役割は固定化していたのです。
- 小勝禮子「19世紀フランス美術における女性と本-読書の快楽と青鞜派を巡って」p19-25
こちらは、19世紀フランスの読書図を2つの系譜に分けて分析しています。
第一グループを「硬い椅子に座り、信心深い娘が聖書を読む」もの。第二グループを「柔らかい安楽椅子かベッド、あるいは外の野原に横たわった姿勢で、胸をはだけた半裸の女性が、軽い小説を手にしている」ものとしています。特に後半は、官能性を宿し、男性が見るものとして描かれたことを指摘しています。
その他、小勝氏は展覧会について分析し、サロン絵画から現代美術までを概観し、一体何がそこに欠けていたのか。展示されなかったかを分析し、展示の背景にある政治性を明らかにしました。
▼デ・ジェンダリズム展
この展覧会のキュレーターは長谷川祐子氏で、下記の論考が寄せられています。
- 小林康夫 「序 創造的な差異へー痛みを通して差を超える」
- ロバート・ストア「眩しい呪文」
- デイヴィッド・エリオット「強い女たち」
- 椹木野衣「バフォメット主義の東西混交」
- 長谷川祐子「デ・ジェンダリズム」
小林康夫氏は、美術批評というより、対話の形式で「男」と「女」という二元的な精査に還元できないような性の身体の理想をかたっています。
また、ロバート・ストアはNYのアートシーンにおけるジェンダーを巡る状況を説明し、50年代から概観しています。その中で草間彌生なども取り上げました。
デイヴィッド・エリオットは1970年代以降の美術における女性について分析し、次のエヴァ・ヘス、オノ・ヨーコ、草間彌生、アブラモヴィッチ、レベッカ・ホーンの活動について触れています。
椹木野衣氏は、バフォメットという両性具有の異端の神について触れながら、ジェンダーの二元論の解体をメタファーを交えて語っています。どちらかというと論文というよりエッセイ的なテクストです。
長谷川祐子氏は、デ・ジェンダリズム、ジェンダーとイズムの解体を目指すものとして定義しています。そして、「コンテクストを、ある意味で代表するものとして選ばれていると同時に、『デ・ジェンダリズム』という生成する概念を構成するいくつかの要素を表象するものとして、そのつど言及されるからである。」(長谷川、P26)と記述し、意図的に歴史記述を避けているように見えます。
このように、この展覧会では、性差の解体のイメージを掴むために、小林氏と椹木氏のある意味で論考というよりは、雰囲気を伝えるエッセーを採用しているように思えます。掲載テクストを分類すると、日本人の論者が雰囲気、海外の論者が歴史的考察を担わされているのが端的に当時の状況を表しているのではないでしょうか。つまり日本人論者はジェンダーにまつわる論考をかける状況になかったのではないでしょうか。
▼アジアをつなぐ展
続いて、この展覧会では、小勝禮子氏がキュレーターを務めましたが、アジアにフォーカスしことが画期的です。特に、揺れる女展で取り上げられなかったアジアの女性について焦点をあてており、欧米、日本などでの展覧会史にも触れているため研究資料としても重要です。小勝氏は、一貫して美術史におけるフェミニズムの課題を取り上げるために、面的なリサーチを実施し、包括的な情報を編もうとしているようです。
小勝氏と長谷川氏を比較すると、以下のようなことが考えられます。
両者は前者が美術史家、後者がキュレーターであることから、展覧会の組み立ての質が異なるようです。前者は歴史記述の分析、そのコンテクストの政治性を明らかにすることを目指し、後者はキュレーターとして、新しいコンセプトを提示し、魅力的な作品によってそれを伝えようとしています。
小勝氏は、美術史家として欧米中心的な視点から日本及びアジアへ分析の視点を移している。重要なのは、包括的な歴史記述の更新を目指しているようです。そして、長谷川氏は、デ・ジェンダリズムというキーワードありきで論者を選び、柔らかいアプローチ故に男性も寄稿しやすかったのではないでしょうか。そして、彼女の展覧会カタログからは、皮肉な形で当時のフェミニズムにおける認識のレベルが浮き上がっているようです。
このように、1-3の展覧会を概観すると、日本におけるフェミニズムと美術に関する関心の変化、また取り上げる主体による視点の違うが浮き上がります。
残念ながら、最近は日本国内ではこの当時ほどジェンダーを取り上げる魅力的な美術館などでの展覧会がありませんが、外国での国際展に招聘される女性作家は少しずつ増えています。そうした動向を追いながら、現在のアートシーンについて批評性をもったアクションをとることが重要なのではないでしょうか。